僕と神社とSR(時々BROSS)

寝食を忘れて神職を目指す!!(笑)

紹介と説明

全国の神社数が七万社とも八万社とも言われ、一人の神職が2〜30社を兼務している現状・・・色々と思うところがあります。

 

神職資格の取得について、神職階位検定試験や無試験検定講習会について、祈りの日々や趣味の生活についていろいろと書いて行きたいと思っています。

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菅原神社

過疎化高齢化・・・時代に取り残されていく多くの神社がある中、自分にも何かお手伝いができないものか?と思ったことが始まりでした。そんなこんなでいろいろ思うところがありまして、神職資格を取得したいと思うに至りました。

自分を含め、ある日神職になりたいと思い立った中高齢者(社家含む)が、諸条件をクリアして資格取得可能な方法は、神職階位取得講習会(無試験検定)と神職階位検定試験だけです。資格取得までの道のりや、日々思うことを書いていければ吉!です。

 

カテゴリー

○ 階位検定試験:試験を受けて資格取得を目指します。

○ 階位検定講習会:約1ヶ月の講習を受け資格を取得します。

○ 崇敬の日々:神様のこと日々思うことを書いていきます。

○ 神社とボクとSR(たまにBROSS):主にバイクで訪れた神社お社について。

 

ある日突然 1

お片付けは遅々として進みません。要るもの要らないもの後で整理じゃぁ!とごそっとねw

 

 

思いついた時にお片付け。捨てれば良いのに・・単に移動さててるだけじゃんと自分でも思うことしきり。たまたま大学の学生証が出てきました。いろいろあって(いろいろばかりの人生ですね)父と母が時間差のように癌になり、次ぐつもりのなかった家業を急遽継ぐことになり専門学校へ。大学は籍があっただけとなりました。とりあえず両親が存命のうちに専門学校を卒業し数年間は親孝行できました。かといって今更大学に戻ることはできず(結婚して子持ちにw)そして今、ふと目にしたweb関連記事と出てきた学生証が縁になり法政通信で大学に戻ることになりました。

 

卒業した専門学校が短大扱いできる学校でしたので3年次編入という形で元々の学科とは違いますがオッサン大学生の誕生です。かつて在籍していたり、学科が経済学部から文学部ということもありすんなりと入学許可いただけるが怪しかったのですがなんとかなんとか許可通知が届きました。いろいろあって(ホントあるねw)単位認定などようやく昨日見ることができました。下 ↓ のブログを参考にさせていただきたいと思います。ありがとうございます。

mineralusagi.com

切羽詰まらないとオレじゃない(笑)

震災で壊れた我が家もようやく公費解体撤去が済んだのは、早いもんでもう5ヶ月前。

 

 

資金(主に給付金支援金など)の計算から家を建てる計画を立てて、建築設計士さんを探しこちらの考えを尊重してくれる小さな工務店さんを紹介してもらう。本当は自分で建てちゃおう!などと考えたのではありますが、これがダメではないけど色々制約があると都道府県センターという国の機関に問い合わせ知りました。じゃあ大工さんや工務店さんが被災して自分で建てる時も同じですかと尋ねるとそうなりますねと申し訳なさそうに(この後親戚の大工さんが面倒なことに・・・)じゃあ、元請みたいに仕事を受けてくれる工務店さんと相談して建築契約書を交わせられれば良いと?はいとのことでしたのでその計画で進もうと思った熱い梅雨の日であります。

 

わたしは一応電気工事も配管工事もできる資格者であり、大工仕事も大工(大九)は無理でも大八か七くらいはできる腕もあります。基礎とか外構、安全のために必要なところをプロにと、そういった計画を立てそれに対応してくれる設計士さん工務店さんを佐賀市多摩では良いのですが、基礎設置までに至らないという今日この頃であります。

 

外構というか解体した家の敷地に建て直す予定なので、庭にあったヒバや杉、柿などを伐採することから始めました。材木関係の知っているプロは高齢、怪我、病気なので引退した人ばかり。仮設住宅周りの草刈りの時に知り合いなどに尋ねるもシルバーさんも手が足りないくらいで、プロは少ない上に仕事がすんげ〜量らしく1年以上待ちになるんじゃないかな?とのお話なので、伐採も自分でやっちゃえオッサン!ということでチェーンソウを2台、枝切り鋏を電動主導取り混ぜて購入してトライしました。伐採した後がいろいろ大変です。薪を必要としている薪ストーブ利用者を探して持って行ってもらいました。家の後ろに草に埋もれて先代が倉庫がわりに浸かっていた朽ちたマイクロバスの残骸が見つかり、鉄切りカッターや特殊な丸鋸を求め、これもなんとか処分しました。よ〜し!これからだ、と思ったのも束の間工務店さんが忙しすぎていつになることやら。建築にかかる給付金や支援金をいただいているもので、仮設住宅は規定通り2年間で退去しなくてはならないようで誓約書みたいなものを書いて提出しました。

 

今回は画像はありません。いつか平静な心で新しい家でも建てることができたら、改めて投稿しようかなと思ったり思わなかったり(笑)

 

 

神道の教義(=真理)

神道はその教えが文化や叡智に昇華してしまい宗教と思われなくなってしまい、神道に包まれていても日本人の多くは無宗教ですと言ってしまう。しかし、時代が大きく変動する時、新しもの好きの日本人はその無意識に内に持つ真理を忘れることがあるように想うのです。いみじくも明治の天帝は(ざんぎり頭を叩いてみれば文明開花の音がする)流行病のように大切なことを忘れがちになる国民を憂慮し、「教育の勅語」を発布されたのです。

時代が変わり大切なものも切り捨てられていく様を見るにつけ、教義と言えはしないが言葉にしておかなければいけないのではないかと想うのです。神道の教義は何かというとごく簡単なことなのです。「自分が良くなりたいなら、家族、友人、地域が良くならなければならないということ。その逆もしかりです。そんな簡単なことを明治天皇勅語にも仰られているのです。現代語訳すればごく当たり前のことであります。

 

北限の海豚一家

1月18日、久しぶりに天気が良い。海には彼等も家族連れでやって来た。

 

風も心地よく、しばらくのんびりと海を眺めていました。ここは仮設前入江、何処にでも小さな幸せがあるんだなと思ったり思わなかったり・・・

 

不思議なものが見える話

十数年前の事故で頭部(顔面上部含む)に不思議な後遺症が残ったお話です。

左側の眼窩底骨と神経管にヒビが入り視力の低下と散瞳孔になり、その散瞳孔の回復が半分のところで停止してしまい、多分その影響もあり事故前と世界が違って見えるのです。

事故車です

まず、両目で見た色、左目で見た色、右目で見た色がそれぞれ違います。多分右目で見る色は皆散の見る色とほぼ同じかなと思います。色だけではなく形もそれぞれ違います。それについて追々と書いていきたいと思います。

この方と全く同じ感じの瞳孔サイズです。

 

いつの間にか一年が経ちました

R6年1月1日午後4時10分から1年経ったR7年1月1日4時10分に被災住宅で黙祷。

 

今は仮設住宅と息子達と買った少し離れた地域の中古住宅を行ったり来たりして過ごしています。年末までは中古住宅で年越し蕎麦を食べて、朝イチに雑煮をいただき氏神様に新年のご挨拶をしてから仮設住宅へ行き神棚に参拝しました。その後、あの時間に近づくのを待って被災住宅へ行きました。家の中で時間を待っていたら町内放送があり、あの時間と共に鳴らされた合図で被災地のみんなと共に黙祷をしました。

2X4は倒壊しないと言う話は本当だったな〜と思ったあの日。でも全壊らしい。

暗い新年

2023年はわたしの胃がん、かみさんの脳梗塞3

 

ここ数年の集大成で、今後は明るい未来があるもんだと思いつつ迎えた2024新年、初っ端から大地震とは神様も分からなかったんじゃないかと、電光石火に震度5、震度6、そして震度7。7の地震の後に家電製品が落ち、皿やら茶碗などが散乱した部屋から外に出ると屋根瓦が全て落ち、モルタルの外壁もほぼ全て落ち・・・この時他所では家が潰れ土砂崩れが起きていたことが連日の報道で分かった。

今日で震災七日が終わった。この後7回目の車中泊だ。ただ、恐れていた降雪が始まったのは弱り目に祟り目と言うんだろうなと思う。

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みなさんに安寧な日々が戻ります様に「祓いたまい、清めたまえ。守りたまい、幸わえたまえ」